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今春、探検仲間であるのん隊長と温泉通の数泉氏の三人で、岩見沢市の山中深くに眠る万字炭鉱の抗口を探してきた。
現在は万字炭山駅周辺に森林公園が整備され、ズリ山登山や抗口、変電所跡の探検も出来るが西原抗口の情報はほぼ皆無、今回も未知の探検になりそうだ。

万字炭鉱西原 (4)
まずは、のん隊長の案内で車両通行止めの林道をしばらく進む。
例によって西原抗口の簡単な説明をすると、明治時代にこの万字地区に最初に移住したのが西原氏であり、開拓を続けながら明治38年の万字炭鉱の開抗や道路建設、施設の建造など街の発展に尽力、その功労から西原抗の名が付いた。この日は5月の連休中だったが山菜取りの方が一名入山していたのみ、30分程歩き砂防ダムを交わすと切り立った斜面と増水した沢へ出た、

万字炭鉱西原 (25)

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かつては沢沿いに軌道が通していたらしいのだが痕跡は無いため、雪解けで増水した沢をひたすら進むようだ。
のん隊長と数泉氏にやや後れを取りながらも、急斜面にへばりついて進むこと約30分、確かな痕跡?レール跡を見つけた。しかも1本ではなく埋没した数本、更に錆が進んだ炭鉱関連のブツも散見されここに抗口があったのは間違いない、そして撮影していた直後に「あった~」とのんさんの叫び声、自身もすぐに合流すると何と放散塔と立坑が残っていた。

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万字炭鉱西原 (10)

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閉山後すでに40年以上、草や苔に埋まりながらもハッキリと痕跡と坑道は残されていた。そして近くは西原入気斜坑々口とプレートがあった。「昭和51年に閉塞工事が完成」と文字がハッキリ読めるのも人が入っていない証拠、春先なので探検しやすいが、夏ならブッシュに埋まっているハズだ。沢には流されたパイプや鉄くずが散乱、抗口だけが当時の生き証人となっている。探検後は場所を変えて扇風機跡?も探索、西原抗口は万字炭鉱の歴史に埋もれながらも確かに残っていた。

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万字炭鉱西原 (23)
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