炭鉱跡の遺構探し、今回は赤平市を探訪、街中には平成6年まで稼働していた住友赤平炭鉱跡の立坑跡や、ズリ山を利用した777段の階段を登る展望台とかつての面影が残る。
自身も昨秋、立坑内や施設内部の探険ツアー(基本無料)にも参加してきました。
ちなみに北海道のミスターこと鈴井貴之氏の出身地でもある。
前置きはこの辺で、今回は昭和41年に廃坑となった大谷沢炭鉱跡を探険してきた。 
赤平大谷沢炭鉱 (1)
まずは郊外の百戸町からかつての大谷沢へと入り、民家も殆ど無い畑作地帯を抜け、二股からはペンケキプシュナイ川沿いの林道へ、廃鉱後すでに40数年、最盛期には数百人の住民があり小学校もあったそうで、ブッシュをよく見ると、廃屋や屋根が潰れた民家、木製の電柱跡が点在し地形図でも建物マークが残る。
2k程先には、三菱マテリアルの会社がありそこまで進んでみる。
赤平大谷沢炭鉱 (3)

1.5k程進むと扇風機と思われる遺構を発見、車を下りてリサーチ
探訪したのは10月下旬だが、けっこうブッシュに飲まれていた。
小規模ながら石組跡やコンクリートの遺構が点在し、レンガ製の扇風機跡は面白い形状
赤平大谷沢炭鉱 (6)

赤平大谷沢炭鉱 (4)

赤平大谷沢炭鉱 (5)

赤平大谷沢炭鉱 (8)
いわゆるブリッジ状に積まれたレンガ跡、当時ではかなりの技術?
子供だと秘密基地と称し、絶好の遊び場になりそうだ。
大谷沢炭鉱の歴史は大正時代まで遡り、その後周辺の小炭鉱と閉坑、合併を繰り返した記録がある。
道路向かいにもコンクリートの遺構が残る。
目ぼしいモノはこの位でさらに奥へと進んでみた。
赤平大谷沢炭鉱 (9)
赤平大谷沢炭鉱 (11)
川沿いに残る橋脚跡だろうか?
滔滔と流れる川だけが、歴史を知っている。

500m程で前記の三菱マテリアルに到着、機械類が唸りをあげ稼働中の様子でしばらくリサーチしていると、
従業員の方が、「これから発破作業があるので、離れて下さい」と強制退去、人工ダイヤを作っているとかいないとか?
小学校跡の石碑は発見できなかった。
遺構付近に戻ると、自衛隊の演習のような「ドーン」「ドーン」と地面が少し揺れるのと、腹に爆発音が響く
なかなか貴重な体験でもあった。
車道に戻り、さらにホッパー跡を目指す。
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