遅ればせながら、新年おめでとうございます。
昨年も色々と探険してきましたが、懲りもせず今年もアチコチに探検出没予定です。
ただ北海道は探険し尽くした感があり、ネタも切れ気味でどうなるかは予測不能!?
今年は、昨秋に探訪した夕張新炭鉱跡の記録からスタート
夕張炭裏 (5)①

ここは夕張市にありながらも意外に探訪者は少なく、ネットなどの情報も少ないようです。
民家裏にある林道から徒歩でアタック、眼下には収穫期を終えたメロンハウスが淋しそうに立ち並び、人気はありません
約1.2kで遺構群に着くハズなので、野鳥観察でもしながらトボトボひとり探険
夕張炭裏 (7)①

夕張炭裏 (6)①

まず見えてきたのは炭鉱跡あるあるの木製電柱、ここは後ほど少し」触れるが昭和58年に閉山された。
一見、広大なサラ地が広がっているだけのようだが、脇道に入ると色々眠ってます。
まず見つけたのは碍子が散らばる土台跡、変電所跡だと思われる。
夕張炭裏 (17)①

夕張炭裏 (9)①

夕張炭裏 (8)

ここからは芋づる式に次々と遺構を発見し撮影に忙しい、また遠くには坑口らしきモノも見えてきた。
建物は全て壊されてるが、コンクリートの土台が原野のように広がっており、遺構好きならじっくりと探険したい
タイルが床に散らばっている場所は間違いなく風呂場跡、しかも浴槽が7つもあり、これだけでも炭鉱の規模が分かる。
夕張炭裏 (21)

夕張炭裏 (20)

そして左に目を向けると、待ち受けていたかのような巨大な坑道、さっそく近づいてみた。
鉄柵で塞がれているが、これは坑道でなく住宅地と炭鉱を結ぶ人間専用のトンネルのようです。
ご記憶の方も多いと思われますが、昭和56年この炭鉱で大規模なガス突出事故と坑内火災が発生、100人近くの尊い命が奪われ、戦後の炭鉱事故でもワースト3に入る悲惨な事故となってしまった。
自身も小学生でしたが、TV画面からもひしひしと緊迫感が伝わってきたのを覚えてます。
まさしくこのトンネルから、数々の犠牲者と助かった工員が運び出され遺族の明暗が分かれた場所でもあります。

この歴史は戦争と同じく北海道の負の遺産として、受け継いで行かなければなりません
トンネルを前にまずは合掌、ちなみに清陵町側の入り口には現在でも供養塔が建てられてます。
夕張炭裏 (11)①

夕張炭裏 (12)①

炭鉱の歴史を知る意味でも、さらに炭鉱跡と塞がれた坑口を探険してみる。





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