昭和50年代の古い札幌市内地図には、手稲区富丘付近に♨マークが確認できる。
現在の新興住宅の奥で、かつて戦前には光風館、戦後は北家という温泉宿があったことを知る人は少なく、いわば幻の温泉跡だ。
ネット検索の手稲温泉でヒットするのは、温泉施設の「ほのか」と「極楽湯」ばかり、手稲市民にも忘れられている。
近くには小さな神社(祠のみ)マークもあるようだが、廃湯から約40年、今はどうなっているのか探ってみた。

手稲光風館 (9)

閑静な住宅街から奥地へ進むと、手掛かりとなる球徳稲荷神社の立派な鳥居を発見
奥に祠が祀ってあり、お参りもできるようで草刈りなども行われているようだ。
ここから廃道化した道を進むようだが、間違って民家に入ってしまうと番犬に吠えられるので注意!!
あくまで、自己責任で進んでください

手稲光風館温 (2)

ジャングルのなかに延びる一本道、大好物のシチュエーションですね~
春か秋だと建物の土台跡がわかるようだが今は完全にブッシュ地帯、手掛かりを探しながら進むと、左手には小さな沢が流れている、結果的にはこの沢を辿ると源泉跡に辿りつけたのだが?、分からずに終点にある砂防ダムまで行ってしまう
戻りながらウロウロしてると、僅かに草が払われた箇所があり試しに進むと沢へ降りられた。
枯れ沢で殆ど流れは無く、上流に進めそうな踏み跡・・・、どうやらこれが源泉への道らしい

手稲光風館 (2)

手稲光風館 (3)

少し進んでみると、コンクリート製とプラスチック製のタンク、何かの装置がかなり錆びた状態で残っている。
一瞬、硫化水素臭が漂い、地面には白く固まった流れ、手に取ると間違いなく冷泉のようだ。
なんと廃湯後40年以上、量は少ないもののしぶとく温泉は湧いていた。 
調べるとコンクリートのタンクから湧いているようで 、傍らに配電盤と汲み上げ装置の跡

手稲光風館 (4)
 
手稲光風館温 (3)

手稲光風館 (5)

この近くに、光風館(明治25年頃~昭和16年頃)と北家(昭和30年頃~昭和48年頃)があったのは間違いない
ちなみに建物は火事で焼失したそうだ。
忘れられた手稲温泉跡は、今でも滾々と湧き続けていた。
国破れても温泉あり、札幌市の歴史コボレ話として知っていると、自慢できるかもしれません
札幌市内でも歴史の浅い手稲区ですが、探すといろいろありますな~
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