炭鉱で栄えた赤平市には、現在でも多くの遺構が残り、炭鉱遺産として整備したり、ズリ山を展望台にするなど再利用もされている。
今回は、道路沿いにひっそりと残る北炭赤間炭鉱の石碑と抗口を探してみた。
一説では、本抗は埋められ、施設跡も道路工事で取り壊されたと言われているが?
しかし、自身の目で確認しなければ、気が済まないのが秘境通のなべ、(良いか悪いかは別にして)

芦別赤間炭鉱跡 (2)

まずは、道路沿いにある赤間炭鉱の石碑からスタート、ここは地味に車の置き場所に困る!!
信号のある交差点の脇で、しかも1車線、路駐での撮影もあずましくない(北海道弁で落ち着かない)
付近は、かつて赤間町と呼ばれ炭鉱住宅が並んでいたが、今はブッシュの茂る空き地で、数件の住宅が残る程度
昭和13年に開抗され昭和48年に閉山の説明書きと、当時の航空写真を頭に入れ、何か痕跡がないかと空知川を見下ろす国道を歩いてみた。
ムムッあれは神社にある鳥居では、また近くには湧き水なのか雪解け跡なのか水溜りがある。
抗口の近くに、安全祈願のため鳥居があったというのはよく聞く話、迷わず10m以上はある斜面を下りてみた。

芦別赤間炭鉱跡 (1)

赤間炭鉱 (3)

鳥居は古く錆が目立つが、炭鉱時代のモノと考えられる。
近くに何かあるのではと、目を凝らしながら斜面を見ると?、見える、見える、隠された抗口、長年培った探検眼の見せ所
かつて、ハンドパワーと言われたMr、マリック氏には負けてません
下記の画像に抗口が見えます。宝探しか擬態のようですが探してみてください

赤間炭鉱 (6)

画面中央に丸くなっているコンクリート跡が見えます。
拡大したのと、棒切れで少し掘ってみたのが下記の画像

赤間炭鉱 (7)

赤間炭鉱 (8)

土嚢や土で埋められてますが、抗口で間違いないと思われます。
画像では分かりませんが、アーチ状のつくりはかなり大きく、見えているのは一部のみでプレート跡もありました。
かなり頑丈に埋められており、スコップでもなければ掘るのは無理、しかも、そんなことしたら怪しい人と通報されるのがオチです。
埋められた抗口、辛うじて発見しました。 道路工事でも生き残った鳥居にも感謝、廃鉱後40年以上、最後の意地と存在感を示してました。

上には国道が走っており、内部まで完全に埋める必要があったんでしょうね、陥没したらエライことです。
付近は平坦な更地になっていますが、かつては施設が立ち並んでいたと思われます。
さて、斜面上から見つけた水溜りも確認してみると、臭う、、プンプン臭う、自身の加齢臭に混じって、硫化水素の臭い
(加齢臭を馬鹿にてはイケマセン、華麗臭と思えばいいんです。)
なんと、冷泉が地下から湧いていたのだ。
炭鉱跡にはよくある現象で、目印とも言われる。

赤間炭鉱 (11)

赤間炭鉱 (1)
そのまま空知川へと合流

赤間炭鉱跡は、道路工事に埋まりながらも、かつての栄光を僅かにしのばせてました。
なを、付近は夏にブッシュに覆われるので、発見は難しいかもしれません
空知川だけが炭鉱の歴史を知っている。
赤間炭鉱 (9)


スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://hikyoutaki.blog.fc2.com/tb.php/763-2bdf3188