以前
北炭平和炭鉱(若鍋炭鉱
を紹介しましたが、今春、さらに奥地を探訪してきたので紹介
若鍋炭鉱の歴史は古く、明治時代後半にに開抗され、夕張炭鉱の歴史上では語り草のような存在です。
大正3年に400人以上の死者を出す炭鉱事故が発生し閉山、大正12年に平和炭鉱に合併された歴史がある。
今回は、若鍋炭鉱跡の探索となる。

若鍋 (1)
平和炭鉱跡の巨大なズリ山を見ながら、かつての林道を辿る。
車両通行止のため、探訪者は年間でもかなり少なく、夏はブッシュで覆われるようだ。
砂防ダムを越え、標高を上げながら20分ほど進んだろうか、まず見つけたのは軌道を通した土台跡、
そばには、青い池ならぬ緑の池
かつて、斜面下にあったシックナーは取り壊されたようで、広い更地となっていた。

若鍋 (8)

若鍋 (3)

さらに進むと、急に開けた場所にでる。
見渡すと、小高い丘に延びるパイプ菅、コンクリートの遺構群もチラホラみえてきた。
どうやら、核心部に着いたようだ。
今日は1日がかりで隅々探索予定、平安抗、琴平抗、八坂抗の3抗が掘られたようで、それらも見つけるのが目標
まずは、埋められた立坑跡とコンクリート製の土台跡、かつては犇めいていた施設群は、昭和50年に閉山後すべて取り壊され、
広い更地といった感じだが、夏にはブッシュが茂り軽いジャングル状態になる。
錆びた看板とレール跡、そびえたつガス抜きのパイプ菅が、何かを語り掛けてきそうだ。

若鍋炭 (3)

若鍋炭 (5)

若鍋炭 (4)

若鍋炭 (7)
土台跡には、ボルトがむき出しで残ってる。

鉄くずや錆びた鉄板、石炭の破片が散乱、奥にある唯一生き残った建物跡を探索してみた。
沢向かいにはズリ山があり、連結のパイプ菅が辛うじて残っている
若鍋 (4)

若鍋炭 (2)


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