下川町にある下川鉱山と言えば、道内有数の鉱山として隆盛を極めたことは以前少し触れたが、旧朝日町側からも坑道が掘られていた記録が残る。
一度、支所は閉鎖されていたが、昭和50年鉱業価格上昇に伴い、朝日町側の輝緑岩複合岩体を構造坑道方式で調査が開始、盛大な起工式も行われ、工法は国内初のトラックレス方式(坑内ズリをトラックで運搬する)という力のいれようだった。

下川鉱山(朝日町支所 (19)


 しかし、僅か数年で銅価が急落、朝日町側は昭和57年頃に工事中止となった記録が残る。
本家の下川鉱山自体は現在休止中で、厳重に管理され、遺構が遠巻きに見られるだけでネットでも情報が多い
資料を元に、広い牧草地の脇に、ひっそりと残る廃道を辿ってみると?

入口にはゲートがあり立入禁止にはなっていない様子ですが、探検にはくれぐれも自己責任でどうぞ

下川鉱山(朝日町支所 (20)

当時の配置図では、事務所・宿舎跡、爆薬庫があったはずの更地も、笹に覆われて自然に同化、言われなければ分からない
人工的な堰堤の先に見えてきたのは広大なズリ山跡、緩い斜面上にあり、ひと際目立つ存在
中心部を突っ切って進みたい衝動にかられるのは、探検家の性分だったりする。

下川鉱山(朝日町支所 (21)

下川鉱山(朝日町支所 (25)

斜面を進み、奥にあるはずの沈殿池を探すと、春先でもありあっけなく見つかった。
夏だとブッシュに埋もれるため、ズリ山も分かるづらくなりそうだ。
沈殿池には廃水?が注がれ、満々と水が張られていえる。

下川鉱山(朝日町支所 (22)

下川鉱山(朝日町支所 (23)

下川鉱山(朝日町支所 (26)

遺構は無いかと少し探すと、火薬取扱所跡に辛うじて残る階段跡を見つけたのみ
建物跡は取り壊され、何も残っていなかった。
いよいよ、最深部である坑道跡を探すと、 その先には
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://hikyoutaki.blog.fc2.com/tb.php/807-6c0b4d07