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 空知地域にある炭鉱のなかでも、最後の砦と言われてきた住友赤平炭鉱が閉山したのは平成6年(1994年)、巨大な立坑櫓が今でも街のシンボルとして残り、最近は赤平炭鉱ガイダンス施設もオープンしてその歴史を偲ぶことができる。
まだ閉山後26年余りなのと、広範囲かつ大規模な採炭が行われたため、山奥や住宅地近くには遺構群が今でも数多く残されている。
自身が興味があるのは、もちろん山奥に残る遺構群、今回は二抗排気立坑と呼ばれる遺構を探してきた。
以前探検した南部排気立坑跡はコチラ
住友赤平炭鉱、南部排気立坑

住友赤平炭鉱2抗排気立坑 (5)

 歌志内市と赤平市の境界となる新歌志内トンネル近くにある、広々とした更地と斜面が遺構への入口となる。
春先や晩秋だと車道沿いから確認できるが、夏だとブッシュが酷く、この先にも藪漕ぎがあるので遺構までの探索は不可能となる。
かつては春光台地区と呼ばれる炭住街だった場所で、その後石炭の露天掘りが細々と行われたようだが跡形もない更地
ここから頂上めがけて斜面(ズリ山)を登ると、かつての廃道が残っているハズ

住友赤平炭鉱2抗排気立坑 (6)

住友赤平炭鉱2抗排気立坑 (7)

長年の山感と閃きですぐに廃道(林道跡)を発見、宝探しは得意だが宝クジには当たらない秘境通のなべであった。 
これは以前から思っていたことだが、宝くじは空くじが多いから宝(多空)クジと呼ぶのか?
斜面の上に林道跡があるとは下調べしてなければまず分からなく、夏だと藪で発見するのは難しいレベル、ネット情報が少ないのもうなずける。 裏道のような廃道を進むと、写真のように道は完全に消失状態となった。
春の5月上旬でもこのありさま、奥に辛うじて空き地が見える。

住友赤平炭鉱2抗排気口 (4)

住友赤平炭鉱2抗排気口 (2)

あまり端によると斜面下の沢へ真っ逆さまとなるので山側を進むのがセオリー、よく見ると鹿道も山側に残っているのが画像からも確認できる。辿り着いた空き地にはかつて施設跡があったハズだ。
ここからさらに砂防ダムを越えて進むようで、鹿道も無くなるため沢沿いに進むのがセオリー、周囲は開けているので迷う心配はないだろう
暫く進むと、抗口と赤茶色の遺構が見えてきた。養豚場で見かける飼料タンクに似ている。
次回、施設跡へと突入編

住友赤平炭鉱2抗排気立坑 (9)

住友赤平炭鉱2抗排気 (1)

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