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 さらに続く廃村シリーズですが、今回は廃墟として残る小中学校跡を探索してきました。
平取町にある仁世宇地区は、かつてクロームの生産が盛んな日東鉱山が栄えた地区で多くの住宅や施設が立っていたそうだ。
現在は2世帯の住宅が残る過疎地区となており、跡地はニセウエコランドとしてキャンプ場やパークゴルフ場、森林散策などに再利用されている。
キャンプ場入口に立つ民家は現在集会所に、左側のカーテンが閉まっているのは商店跡と思われる。
仁世宇廃村跡 (18)


ここからは、仁世宇川沿いに延びる林道をひたすら進むようだ。
以前探検した日東鉱山の記録はこちら
日東鉱山跡

日東鉱山跡を通過すると、最終民家と思われる酪農家が見えてきた。
北海道では、夏から秋の風物詩である牧草ロールが山積みされてますね、これは雪に閉ざされる冬期間の牛や馬の餌として備蓄しているモノで、酪農家の減った北海道では牧草ロールを知らない?という道民が最近増えているとか?

また、カーリング女子で有名になった「赤いサイロ」のお菓子ですが、あれでサイロの意味を始めて知った方も多いそうです。
サイロは、主にレンガやコンクリート製で建てられた牛馬などのエサを保存する倉庫で、円筒形と上部の突起が特徴的な建物ですが、最近は確かに見かけなくなりました。
10年程前に田舎町の駐車場で道を聞かれた時(年齢は自身より明らかに年上)「サイロから曲がればすぐですよ」と答えたら、「サイロって何ですか」と逆に聞かれてしまった(サイロはサイロなんですけど・・・・)

仁世宇廃村跡 (17)

仁世宇廃村跡 (21)

余談のうちに林道を数キロ進み、橋も幾つか通過するとかつての集落跡と思われる潰れた廃屋が点在してきた。
仁世宇地区の歴史は大正時代に遡り、日東鉱山が採炭を始めた時期と重なるが、主に農家や畑作、酪農が中心だったようで、
小学校は大正6年に特別教授場としてスタート、 戦後に中学校(分校)も併設されたが、生徒数はいずれも20人程で2学年が同一学級の複式校となっていた。 (資料では仁世鵜の表記)
住民も最盛期で30戸ほどで、数キロ手前にある日東鉱山が閉山した昭和30年代から急激に過疎化が進んだようだ。

仁世宇廃村跡 (22)

仁世宇廃村跡 (15)

林道入口の集会所から約7k、更地のような広場がかつての牧草地か田畑の跡と思われるが、廃屋も殆ど無くなりブッシュに囲まれ鬱蒼とした林道に変化、ほんとにこの奥なのか?と不安になりながらも進むと!!あった~
何の前ぶれも無く突然現れたコンクリートの骨組み、間違いなく小学校跡だ。 昔話やアニメにでも出てきそうな荒れた廃屋は樹木に覆われ、妖怪や湯婆婆がヌッと出てきてもおかしくない雰囲気、内部は天井や壁は抜け落ち風通しがかなりいいようだ。
廃校は昭和47年、すでに45年以上は野晒し状態だが、支柱はしっかり残り突入には問題なし

仁世宇廃村跡 (25)

仁世宇廃村跡 (27)

お決まりで突入編へつづく

仁世宇廃村跡 (28)

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