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 最近は廃村や僻地探検ネタが多いので、この際まとめて一掃セール?、今回は旧穂別町(現むかわ)にあった長和集落の探検記
ちなみに「おさわ」と読みPC変換では「ながわ」で出た。人口は現在、登記上で2名となっている。
穂別ダムから道東自動車道「むかわ穂別IC」へ向かうと道路沿いに廃屋が点在、 見とれて直進してしまうと高速に入ってしまうので右側の細い道へ

新登川炭鉱 (2)



画像の奥にIC入口と、その左側にはすでに小学校跡が見えている。
長和集落の歴史は、明治38年頃の入植者約22戸から始まり2年後には小学校も開校、その後、この奥に小規模な炭鉱(新登川炭鉱)が稼働し人口は最多で450人ほどあった。 
新登川炭鉱
画像が新登川炭鉱とやや重複しております

閉山後は昭和60年の穂別ダムの竣工に伴い人口が激減、現在は集落跡に高速道が開通し廃墟が目立つ限界集落になっている。

長和集落 (7)

長和集落 (8)

高速道の脇道を進むと、ひと際目立つ大きな鳥居と神社跡が残っていた。
付近は更地となっており、かつて民家が並んでいたと思われる。 せっかくなので階段を上ってみると朽ちた社跡が残っていた。
ご利益はもうなさそうなのでスル~、戻って付近をリサーチしてみると草木に埋もれながら石碑を見つけた。
集落の歴史と小学校の開校など書かれているが、字が小さすぎて読めない!

長和集落 (3)

長和集落 (1)

長和小学校は昭和51年に廃校、児童数は最盛期でも60名前後だった。校門も残っており、車道を挟んで向かい側に潰れた校舎跡と体育館跡が残っており2本の支柱が印象的、高速道路工事からは辛くも外れたようだ。
閉校後は養羊業が再利用して経営していたそうで、飼料タンクが残っている。 

長和集落 (2)

長和集落0 (1)

この日は平日でICの利用車は少ない、脇にある管理詰め所の従業員車両の方がよっぽど多いような?
これでは、北海道の高速道路も赤字になるハズだ。
そういえば北海道は関係ないが、東京都内の首都高速道路は東京五輪(昭和39年)に向けて開通したが、30年経てば無料で走れると啖呵を切っていた話は何処に行ったんだろうか?




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